最高裁判所第二小法廷 平成9年(あ)655号 判決 1999年11月29日
主文
本件上告を棄却する。
理由
検察官の上告趣旨は、判例違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、被告人の量刑について、職権により判断する。
一 原判決の認定した事実のうち、強盗強姦・強盗殺人の事案は、次のとおりである。被告人は、塗装工として顔見知りとなった主婦(当時三五歳)を強姦して金員を強取しようと企て、軍手やタオル等を携行し、同女が泣き寝入りすることなく被害を警察に届け出そうな場合には殺害することもやむを得ないと考えて、同女方に赴いた。被告人は、湯茶等で接待してくれる同女と数時間雑談等をしながら犯行の機会をうかがった後、手で同女の口をふさぎ、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。」などと脅迫したところ、同女が「人殺し」と叫ぶなどしたことから、金員を強取して同女を姦淫した上、犯行の発覚を防ぐため同女を殺害するほかないと決意を固め、所携のタオル等で猿ぐつわをし、ネクタイ等で両手首を縛り上げるなどし、所携の千枚通しを突き付けて現金約二万四〇〇〇円を強取し、次いで肉体関係を迫り、これを拒否する同女の腹部を手拳で殴打するなどして強姦した。その後、被告人は、前記千枚通しで、うつ伏せになった同女の心臓をねらって、左背部等を四回くらい突き刺し、さらに、止めを刺す意思で、牛刀で頚部を二回突き刺し、同女を失血死させて殺害した。そして、被告人は、現金七〇〇〇円を更に強取した。その他に、一人暮らしでアパートで寝ていた女性を襲って現金約一万七〇〇〇円を強取するとともに、同女を強姦した強盗強姦及び窃盗三件がある。
第一審判決は、以上の事実により、被告人を死刑に処したが、原判決は、第一審判決を破棄し、被告人を無期懲役に処した。
二 死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪質が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択も許されるところである(最高裁昭和五六年(あ)第一五〇五号同五八年七月八日第二小法廷判決・刑集三七巻六号六〇九頁参照)。殺害された被害者が一名の事案においても、前記のような諸般の情状を考慮して、極刑がやむを得ないと認められる場合があることはいうまでもない。
そこで、本件についてみると、強盗強姦・強盗殺人の犯行は、何ら落ち度のない貞淑な主婦が白昼自宅内で突然襲われて、強盗強姦の被害を受けた挙げ句、惨殺されたという重大な事案であり、非業の死を遂げた被害者の無念はもとより、その二児を含む遺族に与えた衝撃は筆舌に尽くし難いものがあり、遺族の被害感情は厳しく、社会的影響も大きい。右犯行の動機は、異常な性的欲求に遊興費欲しさが加わり、自己の犯行の発覚を防ぐためには同女を殺害するほかないと安易に決意するなど、極めて卑劣かつ自己中心的であり、殺害の手段、方法も、非常に執ようかつ残虐である。このような点に照らすと、被告人の刑事責任は誠に重いといわざるを得ない。また、被告人の強姦致傷等の前科や本件強盗強姦の犯行からうかがえる犯罪性、特に性犯罪への親近性には顕著なものがある。そうすると、第一審判決が、以上の事情などを指摘し、被告人が強盗強姦・強盗殺人の犯行前にその実行をためらった形跡があることなど被告人に有利な事情を考慮しても、死刑が相当であるとしたのは、首肯し得ないではない。
これに対し、原判決は、第一審判決の量刑判断に理解を示しながらも、事件後の行動からうかがえる被告人の人間性、被告人の劣悪な成育状況、被告人が被害者に謝罪の意思を表明していること、中学在学時の担任教師との心のつながりが今後も期待できることなどの主観的事情を被告人に有利な事情としてしんしゃくした上、第一審判決を破棄して、無期懲役刑を言い渡した。
原判決が指摘する右のような主観的事情は、被告人のために酌むべき情状であるとしても、それらを過度に重視することは適当ではない。しかしながら、本件強盗強姦・強盗殺人の犯行において、強盗強姦の点については、計画的犯行であり、犯行遂行意思が強固であったとはいえ、殺人の点については、被告人は、当初自宅を出た時点では凶器を準備しておらず、被害者方へ向かう途中で千枚通しを拾ったことなどから、被害者が泣き寝入りすることなく被害を警察に届け出そうな場合には殺害しようという殺意を徐々に形成し、強盗強姦の実行に着手した後、同女から「人殺し」と叫ばれるなどしたことから、同女が泣き寝入りすることはないものと判断して、右殺意を確定的に固めたものであり、それが事前に周到に計画されたものとまではいい難いものがある。また、被告人が安易に被害者を殺害したことは否定できず、被告人の前科や余罪をみても、性欲や金銭欲に基づく犯罪への親近性が顕著であるものの、他人の殺害又は重大な傷害を目的とした犯行はこれまでになく、この種の犯罪への傾向が顕著であるとはいえない。その他、死刑を選択するか否かを判断する際に考慮すべき前記諸事情を全般的に検討すると、被告人を無期懲役刑に処した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない。
よって、刑訴法四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)